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名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)1825号 判決

原告

岩瀬榮子

右訴訟代理人弁護士

入谷正章

右同

河井昭夫

被告

笠原瑛子

右訴訟代理人弁護士

村瀬鎮雄

右同

宇都木寧

主文

一  原告が、別紙物件目録記載二の土地の三二一二万分の五二九万九二九九の割合の共有持分権を有することを確認する。

二  被告は原告に対し、別紙物件目録記載二の土地につき、昭和六二年六月三〇日遺留分減殺を原因とする三二一二万分の五二九万九二九九の割合による共有持分移転登記手続をせよ。

三  被告は、この判決確定までに原告に対し第一項の土地共有持分権の代価として金一五三二万〇六一六円を支払ったときは、第二項の登記手続義務を免れることができる。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一原告が、別紙物件目録記載二の土地(以下「本件土地」という)の一八一三七分の五八一五の割合による共有持分権を有することを確認する。

二被告は原告に対し、右土地につき遺留分減殺を原因とする一八一三七分の五八一五の割合による共有持分移転登記をせよ。

第二事案の概要

本件は、原告が左記一3の遺留分減殺請求権の行使を理由として、土地共有持分権の確認及び共有持分移転登記手続を請求する事案である。

一争いのない事実

1  当事者等

原告は被相続人岩瀬慶昭の妻であり、被告は被相続人と同棲していた者である。被相続人には、原告との間に長男岩瀬晋が、被告との間にも長男笠原慶昌があり、法定相続人は原告と右二名の子供のみである(〈証拠〉)。

2  被相続人の死亡及び遺贈

被相続人は、本件土地を所有していたが、昭和六二年二月二〇日死亡した。被告は被相続人から、本件土地の二分の一の持分につき遺贈(以下「本件遺贈」という)を受け、その旨の登記を経由した。

3  遺留分減殺請求

原告は被告に対し、昭和六二年六月三〇日ころ本件遺贈につき遺留分減殺の意思表示をした。

4  遺留分算定の基礎となる財産

(一) 遺留分算定の基礎となる被相続人の財産のうち存在・範囲に争いのないものは別紙財産目録記載のとおりであり、その相続開始時の価額も同目録記載のとおりである。

(二) 被告及び笠原慶昌が被相続人から生前贈与を受けた別紙財産目録Ⅱ記載の各財産のうち、別紙物件目録記載五の土地は相続開始前一年以内に贈与されたもの、同目録記載六の土地は生計の資本として贈与されたもので、いずれも遺留分算定の基礎となる財産に含まれる。

(三) 右遺留分算定の基礎となる財産であることに争いのない範囲では、被相続人が相続開始時に有していた財産及び生前贈与された財産の合計価額から債務額を控除した残額は一億一七五七万六二九一円である。

5  原告の相続財産

原告が被相続人の死亡により相続した財産の内容は、別紙財産目録記載のとおりであり、その価額は合計二三九一万三三三三円である。

6  確認の利益

被告は、原告が遺留分減殺請求により取得した本件土地の共有持分権の割合を争っている。

7  遺留分減殺請求に対する価額弁償

(一) 被告は原告に対し、平成三年五月八日右3の遺留分減殺請求につき価額弁償をする旨の意思表示をした。

(二) 本件土地の口頭弁論終結時の価額は九二八六万一〇〇〇円である(第二回鑑定)。

二争点

当事者は、次のとおり遺留分算定の基礎となる財産の範囲・数額を争い、これと同一の理由で、被告が原告に対しなすべき価額弁償の額を争っている。

1  原告の主張

(一) 別紙財産目録記載の財産のほか、被相続人は被告に対し、死亡時までに現金二〇〇〇万円を贈与(以下「本件贈与」という)したので、これを遺留分算定の基礎となる財産に加えるべきである。

(二) 被相続人の債務のうち同目録記載Ⅲの葬儀費用の額は七二万五七六〇円にすぎない。

2  被告の主張

本件贈与は存在しないし、右1(二)の葬儀費用の額は二三二万五七六〇円である。

第三争点に対する判断(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨の記載を省略する)

一本件贈与の有無

1  本件贈与の存在を直接証する証拠は存在しない。そこでこれを推認させる間接事実について検討する。

〈証拠〉によれば、①被相続人は、昭和五七年七月三一日まで二九年間中部日本放送株式会社に勤務して退職したが、退職直前の一年間の給与は一一七〇万二五八九円であり、退職金は二二六五万五五〇〇円(ただし税込み)であったこと、②被相続人は、退職後も中部日本放送株式会社から月々十数万円から二十数万円程度の支払いを受けていたこと(名目は不明)、③被相続人は、昭和五五年一月二六日亡父所有不動産の売却代金として一〇〇〇万円を、亡父保有の特許権の使用料として、昭和五四年四月二日八四万九〇四〇円、昭和五五年三月二九日八九万〇三七五円、昭和五六年三月三〇日四九万七九七〇円、昭和五七年三月三〇日三九万二五〇二円、昭和五八年三月三一日二五万六二一六円、昭和五九年三月三〇日二二万三三〇九円の合計三一〇万九四一二円を受領していることが認められる。

しかしながら他方〈証拠〉によれば、被相続人は、数額はともかくとして昭和四八年ころから原告へ生活費として月々相当金額を仕送し、そのころから被告との内縁関係の費用として月々一三ないし一八万円程度を分担しており、ほかにも海外旅行や自費出版にもかなりの金額を支出していると認められる。また別紙財産目録記載の財産の価額を考えると、相当の蓋然性をもって、前示収入の一定部分がその取得費用の支払・返済に充当されているものと推認することができる(たとえば別紙物件目録記載五の物件は昭和五六年二月に取得されている)。

したがって、これらに被告本人の反対趣旨の供述をも併せ考慮すると、前示①ないし③認定の事実から直ちに本件贈与の存在を認めることはできないといわなければならない。

このほか、〈証拠〉には、被相続人には生前五八〇〇万円ないし六二五五万円の貯蓄があったはずであるとの推測が記載されており、原告本人も同趣旨の供述をするが、いずれも被相続人の収入・支出について充分根拠のある数額に基づいてなされたものではなく、右認定の特別の支出等も考慮しないもので採用することができない。

2  また〈証拠〉によれば、被相続人と被告とが同棲中の昭和六一年一一月五日に、被告及びその母親がそれぞれ別紙物件目録記載七及び八の土地建物を取得していることが認められるものの、〈証拠〉によれば、その購入代金二二五〇万円のうち、被告が被相続人から貸付を受けた三〇〇万円(別紙財産目録Ⅰ記載8のもの)以外は、すべて被告の貸付信託の解約等によって賄われていることが認められるから、右事実によっても本件贈与の存在を推認することができない。

二葬儀費用の額

〈証拠〉には、被相続人の葬儀費用として二三二万円五七六〇円が支出された旨の記載があるが、これを裏付ける領収書その他の原資料がなく直ちに採用することができない。

したがって右葬儀費用は、原告の自認する七二万五七六〇円と認めるのが相当である。

三遺留分侵害の範囲

1  前示争いのない相続財産の価額(被相続人が相続開始時に有していた財産及び生前贈与された財産の合計価額から債務額を控除した残額)一億一七五七万六二九一円から右葬儀費用七二万五七六〇円を控除すると、遺留分算定の基礎となる財産の価額は合計一億一六八五万〇五三一円となる。

前示争いのない相続人の範囲からすれば、原告の遺留分の割合は被相続人の財産の四分の一であるから、その額は二九二一万二六三二円となる。一方前示争いのない原告の相続財産の価額は二三九一万三三三三円であるから、原告は、右不足額である五二九万九二九九円につきその遺留分を侵害されており、その範囲で本件遺贈を減殺できるといわなければならない。

116,850,531×1/4−23,913,333=5,299,299

2  本件土地の相続開始時の価額は三二一二万円であるから(争いがない)、結局遺留分減殺請求の結果、原告は本件土地の三二一二万分の五二九万九二九九の割合による共有持分権を取得したものということができる(右割合が本件遺贈により被告が取得した二分の一の割合の範囲内であることは明らかである)。

四価額弁償の額及び効果

1  右のとおり、原告が遺留分減殺請求により取得した本件土地の共有持分権の割合は三二一二万分の五二九万九二九九であるところ、本件土地の口頭弁論終結時の価額は九二八六万一〇〇〇円であるから(争いがない)、被告が右持分権の代価として原告に弁償すべき金額は、次のとおり一五三二万〇六一六円となる。

92,861,000×5,299,299/32,120,000=15,320,616

2 本件では、すでに被告から原告に対し価額弁償の意思表示がなされているが、現実に右認定の金額の金員を支払った事実が認められないから、遺留分権利者に確実に遺留分を確保せしめることを目的とする同制度の趣旨に照らし、右意思表示のみでは直ちに原告の本件土地の共有持分権の取得を妨げ、あるいはその効果を消滅させることはできないといわなければならない。

しかしながら一方で、被告が口頭弁論終結後に前示持分権の代価として右金額の金員を支払ったときは、原告になお遺留分減殺請求による利益を帰属させておく理由がないから、原告の取得した右共有持分権は当然に被告に移転し、被告は、その持分移転登記手続義務を免れることができると解するのが相当である。

したがって本件においても、主文で、原告の本件土地についての前示持分権を確認し、被告に同持分権についての移転登記手続を命じるとともに、被告において右持分権の代価として前記金額の金員を支払ったときは右移転登記義務を免れる旨を明らかにすることとする。

3 そして、①右価額弁償の金額が口頭弁論終結時の本件土地の価額を基礎として算定されており、その後の土地価額の変動を計算に入れていないこと、②登記手続を命じる判決は意思表示を命じる判決であって判決が効力を生じて以降は狭義の執行手続が存在しないことを考慮すると、長年月経過後に被告に不相当な金額での価額弁償を許し、原告の持分権の取得の効力を消滅させる結果となることは妥当なものとはいえないから、右価額弁償の支払は、この判決確定までの間になされなければならないものと解すべきである。

4  なお、仮に被告が価額弁償を完了した場合どのような方法で登記手続義務を免がれるべきかについて簡単に検討する。

右のとおり登記手続を命じる判決が効力を生じて以降は執行手続が存在しないから、被告は、それまでに価額弁償を完了していたとしても、請求異議の訴を提起することはできず、この方法によって原告が判決に基づき共有持分移転登記を経由するのを防止する余地がない。したがって、前示のように、判決主文で、被告に共有持分移転登記手続を命じるとともに、被告において右持分権の代価として一定の金員を支払ったときは右移転登記手続義務を免れる旨が明らかにされている場合には、民事執行法一七三条三項の適用ないし類推適用により、原告は、被告に右価額弁償をしたことを証明する文書を提出する機会を与えるのでなければ、右判決に基づき共有持分移転登記手続をすることができないものと解するのが妥当である。

五結論

以上の次第で、原告の請求は、本件土地の三二一二万分の五二九万九二九九の割合の共有持分権を有することの確認、及び被告に対し、本件土地につき昭和六二年六月三〇日遺留分減殺を原因とする右割合による共有持分移転登記手続を求める限度で理由がある。

また被告は、この判決確定までに原告に対し右土地共有持分権の代価として金一五三二万〇六一六円を支払ったときは、右登記手続義務を免れることができる。

(裁判官夏目明德)

別紙〈省略〉

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